徒然乃記

愛猫の事、日常の些細な風景、そして仕事(建築)の事等を徒然に綴っていきたいと思います。

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人生いろいろ!

時々想うことがある。所長の人生って、何か大きな力によって、建築へと導かれてきたのではないかって・・・。

高校受験の時、中学で生徒会長をしていたこともあって、担任の先生からは進学校の普通科を薦められたようなんだけど、浜工(浜松工業高校)の建築科に進学する。当時は特に建築への想いがあった訳ではないみたいだ。本人は絵を描いたりすることが好きだったので、デザイン科に進みたかったようなんだけど、「デザインでは飯が食えない」という周囲の意見もあり、建築科へと進んだ。兎に角、手に職を付けたいと希望しての進学だった。

端午の節句が近づき、空が鯉のぼりで賑やかになる頃、
「子供の頃、鯉のぼりも五月人形もなかったなあ。まあ、社宅に住んでいて、周りもそうだったから、それが普通だと思っていたんだけど・・・。そういえば姉貴には雛人形があったんだよなあ」
って、所長は眩しそうに空を見上げる。たぶんその頃から親に負担をかけてはいけないと思っていたのだろう。そんな彼は自慢の息子。未だに母(義母)は、所長が高校の入学式で新入生を代表してスピーチしたことを嬉しそうに話す。

就職の時にも、どんでん返しが待っていた。早々と地元の有力な設計事務所に就職が内定していたにもかかわらず、直前でドタキャンされ、慌てた学校側から紹介されたのがM住宅だった。その会社で出会ったのが、小池創作所の所長をしている小池さん。だから所長と小池さんとは30年近い付き合いになる。小池さんは独特の嗅覚で、時代を読み取り、建築をリードしていた。そんな小池さんが企画して、東京芸術大学の奥村先生に建売住宅の設計を依頼した。その建築に触れた時の衝撃は今でも忘れられないという。「“目から鱗が落ちる”とはまさにあの時のようなことを言うんだろうなあ」と話していた。建築に魅せられ、建築を生涯の仕事にしようと決意した時でもあった。

もし高校の普通科に進んでいたら、もし内定していた設計事務所に就職していたら、今の所長は居なかっただろう。器用な人だから、また別の道を歩んでいたかもしれない。

ちなみに余談だが結婚式では、新郎自ら着流し姿で、島倉千代子の人生いろいろを熱唱した。

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